今回紹介するのは、1990年代にダンヒルが発売していた、“ミレニアム”のクロノグラフモデルだ。アンティークウオッチと呼ぶにはやや新しいかもしれないが、往年の名作クロノグラフキャリバーを搭載したマニア必見の1本だ。
ダンヒルと言えば、イギリスの老舗メンズラグジュアリーハウスとして名を馳せ、バッグや革小物、シューズ、アクセサリーまで幅広く手掛けている。喫煙具の分野でも、ガスライターをはじめとするアイテムで認知している人も多いだろう。そんなダンヒルは、古くから腕時計の取り扱いも行っており、なかにはジャガー・ルクルトが製造を担ったモデルも存在していた。
そんなダンヒルのミレニアムは、1990年代に発表された腕時計コレクションであり、流線形のケースと専用のステンレスブレスレットが装着されたモデルであった。当時流行していたドレスウオッチのデザインが色濃く反映されており、ステンレススチールとゴールドメッキのコンビカラーが特徴的だ。西暦2000年という節目を意識したモデル名が示すように、近未来への展望とドレスウオッチとしての美しさとを見事に融合させた1本と言えるのではないだろうか。
歪みが少なく、繊細なヘアライン仕上げが施されたケースは、凸形のラグに向かってシェイプした造形となっており、この時計に唯一無二の個性を与えている。らせん状に溝が刻まれたリューズも、この年代のダンヒルならではの特徴だ。そして、ゴールドカラーのラインが特徴的なブレスレットのディティールに注目すると、その緻密な造形に驚かされることだろう。コマ同士はヒンジのように噛み合うことで接続され、裏面の溝に仕込まれたストッパーピンで固定を行っているのだ。
さらにバックル部分に目を向けると、折り畳み機構は年代相応の仕上がりであるものの、固定部分には無垢材から削り出された大型パーツのプッシュボタンと爪が用いられている。これはサビによる固着や、経年による破損・脱落を防ぐための設計と思われ、重厚な時計本体をしっかりと支えるにふさわしい作りとなっている。このような細部への手間のかけ方から、ダンヒルの腕時計に対するこだわりと老舗ブランドとしてのプライドが感じられる。
そしてこの時計の最大の魅力とも言えるのが、搭載されているムーヴメントだ。シースルー仕様の裏ブタからは、時計愛好家なら誰もが耳にしたことのある“エル・プリメロ”がその姿を現す。1969年にゼニスとモバードの共同開発によって誕生し、毎時3万6000振動というハイビートによって高精度を実現した、自動巻きクロノグラフの傑作である。
本モデルでは、さらにトリプルカレンダーにムーンフェイズ機能を追加した豪華な仕様のCal.410が採用されている。しかし、ゼンマイのトルクが非常に強く、自動巻き機構や輪列に負荷がかかりやすいムーヴメントとしても知られており、定期的なメンテナンスは欠かせない点には注意が必要だ。その点で言えば、メンテナンス済みのこの個体は、安心して使用できるだろう。
信頼性が高く、技術的にも成熟したムーヴメントと、作り手のこだわりが感じられる優れた外装部品を兼ね備えた90年代の時計は、価格とクオリティのバランスに優れた“狙い目”の存在であり、初めてポストヴィンテージ世代の時計に触れる人にとっても、安心感のある選択肢となるはずだ。